
「この10名の中から新規事業のメンバーを4名選んでほしい」
新規事業のプロジェクトリーダーに選ばれた鈴木は社長室にて社長から勅命を受けていた。
「鈴木くんに依頼したいことがある。10名全員が新規事業を強く希望していて、さらに各部署から推薦されてきている者たちだ。それなりに優秀だとは思うのだが各部署の選考理由があいまいで比べることができず、4名を選びきれないでいる。今回の新規事業は初めてのことも多く選んだメンバーにはすべてにおいて高い能力が必要だ。
そして申し訳ないが来月には新事業へ向けた研修に入らなければならない。10日間で選考してほしいというわけだ。やり方は任せる」
「わかりました。お任せください。そこでいくつか用意して欲しいものがありますのでよろしくお願いします」
鈴木は冷静に、そして依頼の重要さを受け止めて答えた。そしてしっかりと段取りをして、選考合宿を迎えた。
鈴木は10名の参加者を前に静かに口を開いた。
「皆さんには選考合宿に来て頂きありがとうございます。それほど難しいことはしませんが、この10名から4名を選ばないといけないことに変わりはありませんので、この合宿中の皆さんの行動は全て監視させて頂きます。
しかし、みなさんの行動を見て私が決めるということはしません。私も好みがでてしまう人です。主観で選んでしまうのは皆さんに失礼になってしまいますからスコアで選考します。
毎日9時から17時まで、この10名でこの携帯ゲームを毎日行います。10日間でスコアが高かった4名を新規事業のメンバーとします。そして簡単なルールがあります。このルールを破った場合は仮に上位4位のスコアだったとしても失格とします。
そのルールを説明します。毎日、クジ引きをします。クジの中には1から8までの数字が書かれている紙と白紙の紙が2枚入っています。白紙の紙を引いた人はその日はゲームには参加できません。ゲームで使用するキャラクターはクジ引きで1番を引いた人から選ぶことができます。白紙を引いてしまった場合は自由行動とします。皆のゲームを見ていてもいいし寝室に行き寝ていても良いです。ゲームが終了した17時以降も自由行動とします」
優秀な人たちが集められ、皆が強く希望する新規事業への選考合宿である。もっと複雑なことをすることになると思っていた10名はゲームを始めてすぐに全員がとても驚いていた。
この携帯ゲーム、1勝負10分ぐらいのゲームなのだが、ただ一つのボタンを押し続けるだけのものすごく操作性の少ないレースのゲームだった。しかも1番から8番までの人が順番に選べるキャラクター。このキャラクター達の優劣がものすごくある。
それゆえ、初日の最後には皆、1番から3番のクジを引くことにばかり興奮した。それ以外の番号を引いた人は上位に入れないのでほとんどスコアが増えない。事務的にボタンを押してゲームに負けるのをただ待つだけという、辛くつまらない時間だった。
さらに言えば、番号を引けた人はまだやることがあるから良い方。白紙を引いた人はただ見ているだけの歯がゆい時間を過ごすだけだった。
スコアは自動で積み重なっていくだけで責任者は見てもいない。見ていないどころかゲームを行っている場にもいない。ひょっとしたら合宿所から出かけているのかもしれない。そんな中で淡々と日々が過ぎっていった。
そして最終日、10日間のゲームが終了した。責任者の鈴木はスコアをみて新規事業に選ばれる上位4名の名前を読み上げるだけだった。
その時一人が声を荒げ叫んだ。
「この選考はおかしい!」
その後、落選した人たちからも多くの声が上がった。
「ゲーム会社でもない私たちがなぜゲームで選考されるんだ」
「こんなつまらないゲームで人生を変えられるなんてありえない」
「私たちは各部署で推薦してもらってこの場にいる、納得のいく説明が欲しい」
しばらく皆の声を聞いた後、鈴木はゆっくりと話を始めた。
「こんなことを言っても信じてもらえるかはわかりませんが、皆さん選ばれてこの場に来ているので十分優秀な方達だと思っています。しかし信用がない私が説明をしても納得いく可能性は少ないでしょう。皆さん優秀ですから自らで答えを導き出せると思いますので私と少し問答をすることにしませんか。その問答後にこの選考が正しかったかどうかを判断してください」
そういうと鈴木はスコアを軽く見て一人一人に質問をし始めた。
「Aさん、あなたは10位でしたが何か思い当たることはありましたか?」
「こんなゲームには意味がない。こんなことをするためにこの会社に入ったんじゃない」
「それで後半はゲームに参加するのをやめたんですね」
「・・・」
「Aさん、いつ放棄するかわからない人と一緒に働きたいですか?意味がわかないのはすべて相手のせいなのですか?
自身の理解力、創造力が足りないこともありませんでしたか?他の人はどうだったか聞いてから判断をお願いします」
「Bさん、あなたは9位でしたが何か思い当たることはありましたか?」
「それが何もないんですよ。この選考は完全に運だとはわかっていたんですけど10人中4人だったので少し運が良ければはいれるかな~と思っていたんですが、何も悪いことしていないのにまさか9位になるとは思いませんでした」
「判断は必要な時もあります。しかし今回のことを判断するにはあなたにとっての情報が少なすぎるかもとは感じませんでしたか?少ない情報の中での判断に自信が持てた人がいたのはなぜか理由はわかりますか?」
「情報ですか?情報なんてみんな同じことしか言われてないし、クジ引きもゲームもすべて参加していたし何も悪い事してないし」
「他の人はどうだったか聞いてから判断をお願いしますね」
「はいわかりました」
「Cさん、あなたは8位でしたが何か思い当たることはありますか?」
「いやーこの選考合宿に来る前に同じ部署の仲間に勧められて、すごく遠いい神社まで必勝祈願に行ったんですけどね。お賽銭が少なかったのかな~」
「信仰は自由です。ところで、あなたの信仰はあなたを常に優位にしてくれる信仰ですか?あなたが優位になると誰かが代わりに優位ではなくなりますよ。良いことがあったら信仰のおかげと感じ感謝し、悪いことがあったら自分の足りてないところだと自分を戒める。そのような信仰がほとんどだと思いますよ」
「そこまで考えてませんでした」
「他の人はどうだったか聞いてから判断をお願いしますね」
「Dさん、あなたは7位でしたが何か思い当たることはありますか?」
「私は一番にゲームをする部屋にも入っていたし、クジ引きで白紙を引いてもゲームをすごく見ていたし、宿舎やゲームを行う部屋の片付けも率先してやってました。監視カメラで見てくれていると思ったのですがそういったことへの評価はないんですか?」
「姿勢やプロセスは大切です。プロセスがわかることで良い結果が出た時に、たまたまだったのか、その後の成長も期待できる工夫があったのかがわかることがあるからです。しかし、狙って見せているプロセスにその後の成長は期待できますか?狙って見せているのがわかったら、誰も見ていないとあきらかな時はやらないのではないかと思いませんか?」
「・・・」
「他の人はどうだったか聞いてから判断をお願いしますね」
「Eさん、あなたは6位でしたが何か思い当たることはありますか?」
「僕は本当に一所懸命にやったんですよ。なにかできることはないか、本当に一所懸命考えて取り組んでました。一所懸命にやったのは事実だと思いますし、悔しいですけどそれで6位ならしょうがないかなとも思っています」
「一所懸命は大切なことです。一所懸命にやらないとわからないこともありますから。しかし、あなたは一所懸命やっているからと結果を求めていませんか?あなたが一所懸命にやっているときにあなたを褒めてくれた人は、あなたに結果を求めていましたか?」
「一所懸命にやった時に褒めてくれた人達は、結果はしょうがないと言っていました」
「他の人はどうだったか聞いてから判断をお願いしますね」
「Fさん,あなたは5位でしたが何か思い当たることはありますか?」
「私はネットでたくさんの情報を集めていたんですが、このゲームを持っている人もやっている人も全くいなかったんです。SNSでこの選考方法を説明して親身になって考えてくれた人達も沢山いたんですが、それほど役に立つ対策方法がでてこなかったんです」
「情報は大切ですね。簡単に多くの知識を知ることができるから大いに活用するべきです。しかし、簡単に知識を知れるのはあなただけですか?皆が簡単に知識を得られるから素晴らしい物だと思いますよ。そしてネット上に多くの情報があるのは知識を出してくれている経験者がいるから得られる情報です。今回の選考に経験者がいると思いますか?SNSなどで今回の選考の攻略を一緒に考えてくれる人を探してもいいでしょう。しかし、質問を受けたネット上の人はあなたほど熱意をもってこの選考を攻略しようとしていると思いますか?」
「たしかにこんなゲームやっている人はいないですよね。やったとしても楽しくないからその内容をネット上に上げようとは思わないだろうし。SNSで親身になって考えてくれた人達もそもそもこの選考が僕にとってどのくらい大切な事なのかはわからないですよね」
「Gさん、あなたは4位でしたが何か思い当たることはありますか?」
「僕はみんなが楽しくこの合宿を終えられるように、つまらないゲームだけどそこにとらわれないで、みんなが楽しくいられるように10日間やり切ったと思います。その結果4位に入れたと思います」
「自分だけでなく周囲の人のモチベーションを上げるのは簡単なことではありません。あなたはとても優秀だと思います
しかし、今回の選考においてモチベーションの効果は少ないと思いませんか?辛い作業を楽しくできる事は素晴らしい事ですが、結果を求めるのが今回の目的ではありませんでしたか?」
「たしかにモチベーション上げられても結果として6名が落選していますしね」
「他の人はどうだったか聞いてから判断をお願いしますね」
「Hさん、あなたは3位でしたが何か思い当たることはありますか?」
「それが前半は駄目だったんですけど、実は後半に入った頃からみんながもう4位以内には入れないからと
引いた上位のくじを何人かが僕に譲ってくれたんですよ。ルール違反ですかね?すいません」
「ルールでは引いたクジを譲ってはいけないとは書いてありません。ルール違反ではありませんよ」
「ありがとうございます」
「あなたの当たり前。素晴らしいです。その当たり前は人望といいます。しかし、人望に甘えずに自身をもっと強くして
より多くの人をより多くの苦難から引き揚げてくださいね。応援します」
「Iさん、あなたは2位でしたが何か思い当たることはありますか?」
「私はみんながどのキャラクターを選びやすいのかを調べました」
そう言ってIはノートを取りだした。そのノートにはみんながどのキャラクターを選びやすいかがすべて書いてあり
その確率から自分が何番を引いたらどのキャラクターを選ぶかの優先順位まで書いてあった。
「最初は大変だったんですけど途中からスコアが良くなってきて正直最後の方は楽しくなってました」
「素晴らしい洞察力ですね。この選考の真意を読み取っています。今回の選考ではゲーム自体やクジ引きは運によるものです。運は変えることはできません受け止めるものです。その運も10日間で400から500回ほどゲームをすれば
平均化されていくので、それほど気にすることはありません。しかしキャラクターを選ぶ際には大きな違いがありました。人の嗜好がでるからです。人は機械ではないので状況によって変わる曖昧なもの。その曖昧な人の動きをしっかりとデータを取って自分の主観に流されないように客観的に分析している。よくこの短期間でここまで精度を上げましたね。素晴らしいです」
「ありがとうございます」
Iは結果につながって嬉しそうだった。
「では、最後にJさん。あなたは1位でしたが何か思い当たることはありますか?」
「私もIさんと一緒でノートを取ってやっていました。あとこれは本当に効果があったのかわからないんですが、実は17時をすぎてからずっとゲームのスタートの時にボタンを押すタイミングに良いタイミングがないか毎日やっていました」
「あなたもIさんと同じ素晴らしい洞察力と客観性を保つためのデータ管理。素晴らしいですね。しかもあなたは誰もが見ていても拾わないものまで集めて結果に繋げましたね。これだけ操作性の少ないボタン一つのゲームで、わずかな差でしかないスタートに着目し、そのわずかな差に惜しみなく時間を投資した。素晴らしいと思います。わずかの差のために大きな時間の投資、正直あまり効率的とは思われないことだと思います。しかし、この芽はいつか樹となり林となり森となると思います。その理由はそこまでやる人が他にいないからです。私自身も勉強になりました。ありがとう」
参加した10名、全員の目をゆっくりと見渡しながら鈴木は問いかけた。
「皆さんいかがでしたでしょうかこの選考は正しい判断だと思っていただけますか?」
8位だったCは、力なく首をふりながら答えた。
「少なくとも上位に入っている人には上位に入るだけの理由がありました」
5位だったFは前を向いて答えた。
「今回は残念だったけど、次は選ばれると思います。いや、必ず選ばれるように考えて行動し続けます」
その後、次々と口を開き、すがすがしい表情をしながら、上位に入った人達を認めている発言をしている。
鈴木はみんなの意見に耳を傾けてから続けた。
「何度も言いますが、皆さん10人全員が優秀だと思っています。仕事は今回のゲームのように単純なものではありませんし、タイミングよく一つだけの仕事に打ち込めることもなく、同時進行で複雑な仕事が常にやってきます。その仕事=任されている事へ、どのように取り組むとよいと思いますか?」
それぞれが顔を合わせて何を言うかを決めている。
A「放棄せず」
B「少ない情報であきらめず」
C「良い結果は周囲に感謝し悪い結果は自分を戒め」
D「見返りを求めずに姿勢を正しくし」
E「一所懸命と結果は同じと思わず」
F「情報は集めた上で自分自身が考え決断し」
G「周囲のためモチベーションを上げる努力はしつつ結果を求め」
H「人望は大切にしつつ人望に甘えず」
I「物事を客観的にみて生きた情報を集め」
J「人が見逃すものをも拾う努力をすることです」
「皆さん全員素晴らしいです。絶対そうでないといけないわけではありません。しかし目指していれば、自然と理想とする自分に近づいていきます。新規事業は4名でスタートしますが、このメンバーならすぐに事業拡大となるでしょう。その時は6名以上を募集することになると思います。その時にさらに進化した皆さんに会えるのを楽しみにしています。ありがとうございました」
私は東京で少し料金が高めの男性専用の理容室を営んでおり、私には30数名の大切なスタッフ達がいます。ありがたいことに、人が辞めない。教育が素晴らしいと褒められることも多く自慢のスタッフ達です。
そんな素晴らしいスタッフ達ですが、みんな性格は違いますし、状況や経験年数で性格もさらに変わっていきます。彼ら彼女らに、この文章を読ませて、この文章に出てくるような人物であれとは言っていません。人は自分から気づいて決めることが幸せだと思います。そのキッカケになるように思いを文章にしているだけです。
読んでくれたあなたも登場人物のようでなければいけないとは思わないでくださいね。
そして、育てる側の人には私の大切にしている言葉を載せておきます。参考にしていただければ幸いです。
「明るいところに人は集まる」
「尊重」
「人によって普通は違う」
「焦らずに待てるかが大切」
「必要とされる人に必要とされる集団に」
では、他の記事でお会いしましょう。ありがとうございます。
PS:もしも株式会社ペピーズや理容師に興味がありましたらご相談ください。
042-576-0568
ありがとうございました
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株式会社ペピーズ 代表 池野孝太郎